街角を歩く- Antiphon(アンティフォン)から華林楼へ-
平成25年(2013年)12月1日石川医報(第三種郵便物認可)第1552号
3人の子ども達はみな独立して出て行った。部屋は空いたようだが、長年の不用物が置き土産として残っている。三つの部屋に分散された荷物を二つの部屋に集め、ほんの五畳ほどの一部屋が私のオーディオルームになった。30才台、仕事の合間に秋葉原から買ってきたスピーカーとホームセンターで求めた合板を、そこの大型機械で細断し、自宅でスピーカー作りに明け暮れた。大きな音も出せず2階の床の間に置かれたバックロードホーンやマトリックス・スピーカーは、「ここは俺の居場所ではない。」と叫んでいた。

41才の時、松任で開業することになり転居した。スピーカーは重いので捨ててくるという話もあったが、作者の懇願にどうにか難を免れ、第2の故郷「松任」にやって来た。しかし、大部屋は与えられず、物置の一角がその住み家だった。それから25年長い下積み生活であった。

物置から2階へスピーカーを移動する時、その重さに腰が砕けそうになった。歳月の長さと力の衰えが高揚した気分に水をかけたが、1人黙然と専念した。趣味を守る事は、自分を守ることである。「趣味においては、家族は敵だ。」とは私の言葉である。見返すと狭い5畳に、スピーカーが所狭しとひしめいている。ぶ厚いカーテンに防音効果を期待し、昼間なら少し大きな音でくつろぎの時間を楽しむ。今に見ていろ20畳のオーディオルーム!

インターネットで検索したら、金沢の間明町にantiphonというオーディオショップがあった。Yamachiku が無くなってから久しいが、他にも存在した。自宅から車で20分。高速を使えば10分で着く。広めの試聴室があり、ハイエンド・オーディオのセットが気持ちよく客を迎えてくれる。将来はこんなセットで聴きたいという気持ちの先取りだ。雑誌でいろいろ検討し、値段と性能を天秤にかけて決めた機器を、そ う易々と切り替える事も出来ない。手を尽くして予算を捻出したのだ。早く言えば「ヘソクリ」だが。ハイレベルに超したことはないが、それは「後々の夢にとっておこう」という言葉で自らを納得させ、予算通りの機器を注文する。一仕事が終わり、緩くなったベルトに気づき 付近で昼食の場所を探した。中華の店が3軒見渡せる。駐車している車の数が人気店の目安である。明らかに多い店で「ラーメン」を頼んだが、普通であった。数週間後、2回目の訪問時は、直感で決め「華林楼」を選んだ。車は少なかったが名前が気に入ったからである。メニューを見て驚いた。早速、好物の「麻婆豆腐」定食を頼んだ。中年のあんちゃんが、大ぶりの中華鍋を自由自在に操る。運ばれた麻婆豆腐の味に、プロの意気込みを感じた。簡単に言えば、赤坂の「四川飯店」の味がしたのだ。いろいろ食べて見たがそれなりにみな安くて旨い。確信を持ってから家内を連れて行った。厳しい家内も同意してくれた。今年の職員忘年会はここにしよう。

美味しい食べものは、人を幸せにすると思う。魅力ある人物との出会いと似たところがある。食べ物も人が作るのだから、食べ物=人なのだろう。店主のあんちゃんと付き合ううちに、好人物である事が伝わってきた。また、私の知り合いが、すでに何人も馴染みの客であることが判明した。オーディオ店の近くにあった、歩いて30秒の中華の店が、心を癒す大事な場所になった。
院長のひとりごと