子どもとメディア(2)

  「人間になれない子どもたち」

 秋たけなわです。青い空にすじ雲やうろこ雲がさわやかです。昼は20度以上になりますが、夜間は寒いくらいですね。夜間のウォーキングは少し厚めの服装で出かけています。40分も歩いていると、汗がジワーっと出てきます。勤務医時代は、病棟、外来、医局と動き回ることが運動になっていたのですが、開業後はほとんど一日中動きません。当然、腹回りが拡大してきます。現在、メタボの真最中ですので、どうにか抜け出そうと頑張っています。患者さんには、「もう少し痩せた方がいいね」と簡単に言っているのに、実践は難しい。
 さて、今月のマンスリーニュースは、「子どもとメディア(2)」です。平成17年3月に(1)があったので二回目です。

  第5回保育所嘱託医・幼稚園医等研修会

 10月7日(日)、昼から第5回保育所嘱託医・幼稚園医等研修会が、金沢の地場産業センターで行われました。講演は3題ありました。

(1)子育てにおけるレジリエンスの重要性
         金沢大学医学部保健学科教授   関 秀俊先生
(2)子どもが危ない! 〜メディア漬けが子どもを蝕む〜
         NPO子どもとメディア代表理事  清川 輝基氏
(3)絵本の中の子どもたち  〜子どもの育ちに必要なこと〜
         吉村小児科院長         内海裕美先生

平成17年2月に、はるばる福岡まで清川先生のお話を聴きに行って感銘を受けたので、いつかは北陸でもと思っていたのが実現しました。ご一緒に小児科医会で活躍中の内海先生と金沢大学医学部保健学科で、小児虐待などの調査研究をされている関先生にもお話をして頂きました。各先生がそれぞれの立場で、日本の子どもの幸せを願っているという熱い思いが伝わってきました。

  関 秀俊先生のおはなし

 最初の関先生のお話は、レジリエンスの重要性ですが、聞き慣れない言葉が出てきました。私も何だろうと思いましたが、レジリエンスとは、やさしく言えばストレスをはねのける力のことのようです。子育てには色々なストレスがありますが、それをはねのけて前向きに子育てに立ち向かうたくましさです。ストレスに負けるとつい子どもに当たってしまったりしやすいですよね。それが強くなれば子どもへの虐待につながります。そのたくましさはどのように育つのでしょうか。やはり、親子の関係が重要です。愛情をたくさん受けて育てられるとそのたくましさも育つようです。

  清川輝基氏のおはなし

清川先生は、子どもとメディアとの関係について、熱く語られました。先生の書かれた講演のまとめから引用します。

 「車やオートバイを運転するのに、年齢制限もなく免許制度もない。交通ルールもなく車やオートバイについての知識も与えられていない。安全性など一度も確認されていない薬や食べ物を自分の子どもや教え子に平気で与えている。それも無制限に、乳幼児期から。
日本に於ける子どもとメディアの関係はこんな例え話に置き換えるとその“危うさ”が鮮明になる。
―人間の子どもを「メディア漬け」にして育てると、からだや心、コミュニケーション能力の発達にどんな歪みや遅れが現れるのか―
 日本の子ども達は今、人類史にかつてなかった、そして世界に例のないそんな“人体実験”の真只中にいる。テレビ、ビデオ、テレビゲーム、パソコン、ケータイ。新しい電子映像メディアが登場する毎に日本の子ども達のメディア接触の「早期化」、「長時間化」に拍車がかかり、生まれた時に茶の間にテレビがあった“テレビ世代”、子ども期にテレビゲームを経験した“ゲーム世代”が子育てを始めた1990年代以降そうした流れは一段と加速されつつある。
そして今、日本の子ども達のメディア接触時間は世界一長いという事態となった。(文部科学省編集発行「初等教育資料」平成17年4月号)“人体実験”の結果はもうはっきりと現れてきている。「死ね」、「消えろ」、「殺すぞ」、「死んでやる」などは子ども達の日常語になった。自宅に放火して親や弟妹を焼き殺す、チャットのメールが気に入らず発信源の級友を“消去”する。生命感覚の歪み、欲望や感情の制御能力の欠如、現実と非現実の混同。
子ども達の“からだの危機”も深刻である。室内でのメディア接触が長時間になれば足や筋肉の発達のレベル低下にストレートに繋がる。80年代の半ば以降、日本の子ども達の体力・運動能力は低下の一途を辿り歯止めがかかっていない。背筋力などの筋肉は、出産・子育て・介護さえ危ういレベルにまで落ち込んでしまっている。立体視力を含めて子ども達の視力悪化は放置出来ない状態となっている。

 2004年2月、日本小児科医会「子どもとメディア」対策委員会から、「子どもとメディア」の問題に対する「提言」がありました。

 我が国でテレビ放送が開始されてから50年が経過した。メディアの各種機器とシステムは、急速な勢いで発達し普及している。今や国民の6割がパソコンや携帯電話を使い、我が国も本格的なネット社会に突入した。今後、デジタル技術の進歩はこのネット社会をますます複雑化し、人類はこの中で生活を営む時代に進みつつある。これからもメディアは発達し多様化して、そのメディアとの長時間に及ぶ接触は未だかつて人類が経験したことのないものとなり、心身の発達過程にある子どもへの影響が懸念されている。日本小児科医会の「子どもとメディア」対策委員会では、子どもに関係する全ての人々に、現代の子どもとメディアの問題を提起する。
 ここで述べるメディアとはテレビ、ビデオ、テレビゲーム、携帯用ゲーム、インターネット、携帯電話などを意味する。特に、乳児や幼児期ではテレビやビデオ、学童期ではそれに加えてテレビゲームや携帯用ゲーム、思春期以降ではインターネットや携帯電話が問題となる。
 影響の一つ目は、テレビ、ビデオ視聴を含むメディア接触の低年齢化、長時間化である。乳幼児期の子どもは、身近な人との関わり合い、そして遊びなどの実体験を重ねる事によって人間関係を築き、心と身体を成長させる。ところが、乳児期からのメディア漬けの生活では、外遊びの機会を奪い、人との関わり体験の不足を招く。実際、運動不足、睡眠不足、そしてコミュニケーション能力の低下などを生じさせ、その結果、心身の発達の遅れや歪みが生じた事例が臨床の場から報告されている。このようなメディアの弊害は、ごく一部の影響を受けやすい個々の子どもの問題としてではなく、メディアが子ども全体に及ぼす影響の甚大さの警鐘と私達は捉えている。特に象徴機能が未熟な2歳以下の子どもや、発達に問題のある子どものテレビ画面への早期接触や長時間化は、親子が顔を合わせ一緒に遊ぶ時間を奪い、言葉や心の発達を妨げる。
 影響の二つ目はメディアの内容である。メディアで流される情報は成長期の子どもに直接的な影響をもたらす。幼児期からの暴力映像への長時間接触が、後年の暴力的行動や事件に関係していることは、既に明らかにされている事実である。メディアによって与えられる情報の質、その影響を問う必要がある。その一方でメディアを活用し、批判的な見方を含めて読み解く力(メディアリテラシー)を育てる事が重要である。私達小児科医は、メディアによる子どもへの影響の重要性を認識し、メディア接触が日本の子ども達の成長に及ぼす影響に配慮する事の緊急性、必要性を強く社会にアピールする。そして子どもとメディアのより良い関係を作り出すために、子どもとメディアに関する以下の具体的提言を呈示する。


具体的提言
(1) 2歳までのテレビ・ビデオ視聴は控えましょう。
(2) 授乳中、食事中のテレビ・ビデオの視聴は止めましょう。
(3) 全てのメディアヘ接触する総時間を制限することが重要です。
  1日2時間までを目安と考えます。
テレビゲームは1日30分までを目安と考えます。
(4) 子ども部屋にはテレビ、ビデオ、パーソナル
コンピューターを置かないようにしましよう。
(5) 保護者と子どもでメディアを上手に利用する
ルールを作りましょう。


清川先生の著書:「人間になれない子どもたち 〜現代子育ての落し穴〜」(えい出版社)

  内海 裕美先生のおはなし

 最後は内海先生のお話です。小児科医院を開業するかたわら、毎週の保育園医の仕事や毎月の子育て支援セミナーで、絵本の紹介や絵本の読み聞かせを続けておられます。

御講演のまとめです。

 耐性のない? 子どもたち、落ち着かない子ども達が増えている?
学級崩壊、不登校、ひきこもり、子どもによる凶悪事件など子どもの心をめぐる問題が話題になっている。子どもは、心と体を一緒に成長・発達させていく。ヒトは人間の社会で人間に育てられることで人間になっていく。この世に生を受けてから、心と体がどのように育ち、ヒトが社会的存在としての人問になっていくのか、その筋道をきちんと把握することは心の育ちを具体的に保障してやることに結びつく。
 人間の子どもは無力な存在としてこの世に生まれてくると考えられていた時代があった。現在は、人間の子どもは他の動物に比べて、体外胎児と呼ばれているように未熟な面も多々ありながらも、社会的存在としての能力を備えて生まれてくることが分かっている。
 周囲からの関わりに応えて成長していくばかりではなくて、赤ちゃん自身からも周囲の関わりを引き出す行動をしている。赤ちゃんは、身近な人、身近な物と出会い、特定の人への愛着を育て、それを安全基地として、自立していくという筋道を歩んでいく。赤ちゃんにとって最初に出会う社会の一番小さな単位が家族になる。
家族の中で愛されて、自分と他者への信頼感を十分に育まれた子どもは、その後の集団生活の中で仲問と群れ合いながら、「けんかして仲直り」を繰り返し、相手を思いやったり、相手から思いやられたりしながら成長していく。これが子どもの社会化である。1歳過ぎれば相手を思いやる気持ちが育っている場面を日常で見ることも出来る。
 2歳では自己中心的な世界に浸ることによって万能感を感じ、好奇心を満たす体験によって達成感や挑戦する心が育っていく。
 言葉の発達と共に3、4歳では更に複雑に発達していく。更に学童期になると、地域社会、学校社会という集団の中で、自分と同じ目的を持つ仲間の存在、そうでない仲間の存在、教師との関わりの中で、人間の多様性、多面性を学んでいく。
 思春期に入ると、他者との関係の中で自分とは何か?という時期になり、アイデンティの確立をさせていくと言われている。
 子どもが自ら育っていく力を支え、同時に育てていかなければ今ない力を育てるには大人がどう関わること(応答的対応)が求められているのか。
 子どもの声を、SOSをきちんと聴く大人の姿勢も問われている。
 絵本の中の子ども達の姿に、生涯発達のステップを重ねて見ていくと子どもの心の成長過程を理解するのにとても役に立つ。
3歳までの子育てが大切というのは生理学的にも多方面から裏づけされてきてはいるが、いつからでも子育てのやり直しがきくというのも人間の素晴らしさだと思う。

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