シクラメンのかほり
金沢大学小児科同門会紙 Vol.6 2013/14 2014.11.28.
「シクラメンのかほり」を嗅いだ。
さぞかし香しいにおいを返してくれるだろうという期待を込めて。
しかし、期待は外れ、水っぽい植物の臭いだけが鼻を突いた。

小椋 佳の「シクラメンのかほり」は、どんな「かほり」のことをさしているのだろう。
早速、iTunesを立ち上げて、「シクラメンのかほり」を探し、聴き入った。
久々に味わう「シクラメンのかほり」。
歌詞のひとつひとつを噛み締めたが「かほり」については、煙に巻かれた感じである。

「真綿色したシクラメンほどすがしいものはない」「薄紅色のシクラメンほどまぶしいものはない」「薄紫のシクラメンほどさびしいものはない」……

昨年末に購入した4鉢のシクラメンが、医院の玄関を飾っている。
時々足を運ぶJAで、シクラメンと出会った。
シクラメンと言っても値段はまちまちである。
店の入り口に置かれた一鉢千円未満から、奥の売り場で特別待遇を受けている最高6千円ほどのシクラメンまで、だが、どこが違うのか。 JAの売り場を行きつ戻りつ品定めをした。
確かに値段によって葉と花が違っている。
高額なシクラメンは、いかにもゴージャスに見える。
安価なシクラメンは、葉も花も貧弱に見える。
清水の舞台から飛び降りる積もりで4千円から6千円のもの、4鉢を選んだ。
花の色と形が、みな違う4鉢である。
女性で言えば、容姿の違う4人の女性との出会いだ。
奥さん一筋の私にとっては、何と言えばいいか。
下手なことはいえないので沈黙。

暮れに購入した当家のシクラメンは、正月を迎えるといつの間にか枯れているのが常であった。
それは何故なのか。
いろいろ情報を集めてみると、当たり前な理由が判明した。
名探偵の推理は必要ない。
単に水をやっていないという事だけであった。
結局は脱水症が死因だ。
シクラメンの植えられた鉢のお皿に水が涸れないようにするのが日課になった。
大体、2日から3日で水が無くなる。
水は水薬用浄水器の「浄水」を満たす事にした。
塩素を含んだ水道水が病気の予防に良いのかもしれないが、消毒用塩素が強く当たる気もしたからである。
その後、花も葉も順調に開き茂り続けた。
冬のある朝、4鉢のシクラメンが皆下を向いている悲しい現場に遭遇した。
一大事である。
水は充分に満たされている。
それなのにどうして?
その夜の寒さは格別で、玄関に置かれたシクラメンには環境として厳しすぎた事が判明した。
シクラメンの適温:5℃~15℃だ。
寒い夜は、暖房を入れる事にした。
節電を目指す昨今、最低限の暖房を心掛けた。
翌日には、うなだれていた花が上を向いた。

もうすぐ5月の声を聞く時期。
4鉢の花々は、咲くことから、落花の方向に進んだ。
花の数も多い物から少ない物まで、それぞれの花の生涯を楽しんだ様子だが、何故ここまで花の数が違うのか。
「見事な花だね。」と言われる度に、4鉢ともに胸を張っただろう。
とくに62の花を付けた鉢は。
養育者としても、毎日の顔合わせが楽しみだった。
シクラメンは、決して美人ではないが個性的である。
はにかむように下を向いた様子がしおらしい。
花言葉は、「清純、思慮深い、内気、はにかみ」だ。

「シクラメンのかほり」について、花に詳しい人に聞いたことがあった。
『「シクラメンのかほり」というけど、あまり臭いがしませんね』
すると彼は、「何代にも掛け合わせていろいろなシクラメンが作られてきたから、臭いが無くなったのかな」というニュアンスの回答をした。
しかし、説得力は弱い。
シクラメンの原産地は地中海沿岸とのことだ。
原種シクラメンを育てたという報告がブログに載っていた。
原種シクラメンの臭いこそ本当の「シクラメンのかほり」に違いない。
香しい臭いが予想されるが、それにも臭いが無かったら……花の香りについて調べる内に「香りで昆虫を寄せるのが目的」という一文が眼に入った。
そうか、球根を持つシクラメンは花粉を撒き散らす必要は無いのだ。
虫を集める必要は無いのだ。
だから香しいかほりは必要ないのだ。

「シクラメンのかほり」という言葉は、私に大きな勘違いをさせた。
さぞかし香しい臭いがあるのだろうという連想させるこの歌の題名は、単に歌を聴きたいという心に火を付ける導火線のような物だった。
「シクラメン」に香りが有ろうと無かろうと作詞家には関係のないこと。
CDの売り上げ枚数だけが意味のある世界なのだ。
しかし、小椋 佳の一ファンとして勝手に勘違いをして、勝手に楽しませて貰っていることは確かだ。

5月も半ばを過ぎ、シクラメンの3鉢は全ての花が落ち、葉だけがジャングルの様に茂っている。
しかし、改良種なのか一鉢だけ花が残っている。
寂しくなった玄関にJAのカーネーション2鉢を購入した。
赤とピンクだ。
分け隔て無くせっせと水や栄養剤を与えた。
赤は元気にたくさんの花が蕾を付けている。
所が同じように接したピンクが、花は枯れ、蕾も枯れかけている。
隠れた植物の病気に罹っているのだ。
生き物を育てるのは難しい。
「私は医者です」なんて、大きな声では言いにくい。

院長のひとりごと