子どもへのまなざし

 早いもので、もう1年の終わりの月をむかえてしまいました。貴方のご家庭にとってどんな1年だったでしょうか。風邪ばっかりの年だったとか、入院までしてしまったとか、いろいろありましたか。逆に、「あまり病院に来なくなって少し楽になったわ。」ということもあるでしょうね。子育て・・・大変な仕事です。何しろ未来を担う人間を育てるのですから。でもあまり力を入れすぎないで子育てを楽しめたらどんなに良いでしょうか。
 私が今読んでいる「子どもへのまなざし」(福音館書店)という佐々木正美先生が書かれた本には、素晴らしい言葉が沢山ちりばめられています。機会があったらお読みください。
 今月のマンスリーニュースはその言葉の中から特別良かったものを披露したいと思います。皆さんはどう感じられるでしょうか。

 ところで、12月は師走です。医師も少し忙しいです。少しサボらせていただきました。佐々木先生に感謝いたします。


 教育とか育てるということは、私は待つことだと思うのです。「ゆっくり待っていてあげるから、心配しなくていいよ」というメッセージを、相手にどう伝えてあげるかです。子どもにかぎらず人間というのは、かならずよくなる方向に自然に向いているわけです。けがでも、ほうっておいたつて、かならず治る方向へいくわけでしょう。ばい菌がつかないように、消毒だけしておけばいいのです。風邪だって薬なんか飲まなくたって、じっと休んでいればたいてい治るわけです。
 人間の体というのはかならず治るほうにいく、よくなるほうへいこうとするのです。あるいは成長しようとする、発達しようとするのです。もちろん老化ということはありますけれど、とくに元気ざかりの子どもなんかは、すべてのことがかならず、いいほうへ向かおうとしているのです。
 だから、じゃまをしなければ、みんないい子になって、個人差はありますが、子どもなりの素質と個性と能力で、みんな発達していくわけです。ですから、待つという姿勢ができましたら、もうこれで、人でもなんでも育てることの名人になれると思います。このことは草花を育てるのも、野菜を育てるのも、果物を育てるのも、人を育てるのもまったくおなじで、ひそかに最善をつくして、じっと待っていればいいのです。待つことに楽しみや喜びを感じられるようになったら、人でも、ものでも、育てるのは上手になりますよね。
 ですから、じっさいの育児は育児書に書いてあるのよりは、ゆっくりめでいいのです。まずこのことを、若いお母さんや保母さんにいってあげたいですね。「いろんな発達や成長は、育児書に書いてあるのより、すこしゆっくりめでいいのです、というぐらいの気持ちでどうですか」ということを。なおかつ個人差があって、夜泣きをする赤ちゃんがいたり、あまりしない子がいるわけです。子ども一人ひとりは、そのほかさまざまなことに、相当大きな個人差があると思います。ですから、親の好みや都合どおりにいかない子どもがいたって、それはしかたがないのです。
 昔の育児では、だれもあせらなかったですね。子どものいうことを、だれもがゆっくり聞いてあげたのです。貧しくてなにもかも不自由だった時代には、育児が思いどおりいかないことぐらいで、親などの保護者はいらいらしなかったのです。ところが現代では、多くのことが自由になって、子どもがちよっと思いどおりにならないと、腹を立てたり途方にくれたりしてしまいます。
 昔はいろんなことが、意のままにならないのがふつうでしたからね。しかも家族が多かった。ですから、育児をする母親とか祖父母とかが、いつも子どもを肌身はなさず、そばにおいてみていたのです。おんぶしているとか、乳母車にのっけて公園にいってるとか、ようするに、子どもからいっときも目をはなさないで、肌身はなさず育てたのですね。ということは、子どもが背中で泣いたり、ぐずれば、「どうしたの? どうしたの?」と、すぐに相槌をうってあげられました。
 子どもの要求にぴったり合ったことを、してあげたかどうかは別にしても、子どもが要求を無視されるなんてことは、ほとんどなかったのです。子どもの期待、希望、要求が、なんの応答もなしに、無視されるなんてことはありませんでした。これが子どものなかにどれだけの安心感や、相手にたいする信頼感、自分にたいする安心感と自信を育てたかわからないですね。
 しつけをするときだって、けっしていそぎませんでした。おむつがとれないなんて子は、世の中にいないんだというくらいの気持ちは、だれでももっていました。お箸でうまくご飯を食べられなくたって、だれだってそんなことはできるようになるのだから、競争しない、あせらない、いそがない、こういう育児であったのです。これがだいじなことですよ。当時の親に「いつからできるようになるか、楽しみに待っててあげるからね」、なんていう表現や感情はなかったかもしれませんが、結果として、それとおなじような雰囲気の育児だったのですね。
 育児をするうえでもっともたいせつなことは、子どもに生きていくための自信をもたせてあげることです。それには子どもにとって、最大のサポーターであり理解者が親なのだということが、子どもにつうじればそれでいいのです。あとはいらいらしたりあせったりしないで、じっくり育児に取り組めばいいのです。
 こちらがあせっていると、子どもは大きくなるにつれて、もっとあせります。ですから、なにごともちょっとやってみて、どうもだめそうだと思うと移り気をおこして、すぐぱっと変わろうとするようになりがちです。なにをやっても自信がもてなくて、成果があがってくるまで、自分で自分を待てない子になりがちでしょう。ですから成長や発達してくるのを、あるいは、いろんなことが身についてくるのを、こちらがゆっくり待ってあげる姿勢をふだんからもっていると、それが子どもにも身につきます。忍耐づよさが身につくといってもいいと思います。
 ですから、待ってあげる姿勢は、子どもを十分信頼しているという気持ちを伝えることにもなります。このことは子どもへの愛を、子どもにもっともわかりやすく伝えることになるのです。


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