「麻しんワクチン」は、なぜ2回必要なの?

 早いもので、もう5月も終わりに近づいてきました。マンスリーニュースを何にしようかと考えている間に、自分なりの締め切りである20日を過ぎてしまいました。
 さて、最近の天候は不安定です。梅雨入りはまだですが、雨も多いです。時には太陽も顔を出しますが、夜は適当に寒いです。仕舞ってしまったコタツがちょっとなつかしい日もあります。
 外来の病気はどうでしょう。インフルエンザがほとんど影をひそめてしまいました。それに代わって、下痢や嘔吐を伴ったお腹に付く風邪が流行っています。でも全般的に患者さんは少ないです。問題は東京を中心に流行りだした麻しん(はしか)です。ついにたどり着きました。今月のマンスリーニュースは、「麻しんとワクチンについて」一緒に勉強しましょう。

  麻しんという病気

 麻しんという病気については、マンスリーニュースで何回か取り上げてきました。見直してみると、19号、44号、59号、129号、140号、173号、176号と随分顔を出しています。それだけ重要な病気と言うことです。重要な病気ということは、怖い病気ということです。普通の風邪でも時には頭について脳炎を起こしたり、風邪に引き続いて細菌感染を起こして肺炎になったりということはありますが、軽症で終わることが多いです。しかし、麻しんは麻しんウィルス自体が頭について脳炎を起こすと死亡したり後遺症を残したりします。時には肺炎も起こします。これも重症な肺炎で死亡することもあります。
 更に怖いのは「亞急性硬化性全脳炎:SSPE」という病気を起こすことです。これは、普通の麻しんにかかってから大体十年ほどして、おかしな行動と学業成績の低下を示して始まります。この後、明らかに奇異な行動が見られ、痙攣出現から歩行不能となり、最終的には明かな認知症から昏睡に陥り死亡します。この経過は急速で、平均一年半です。何と怖い病気でしょう。自然麻しんにかかるとこんな病気にもなるんです。予防接種がいかに大事かお分かり頂けたでしょうか。私もこのSSPEという病気のお子さんを一人だけ診たことがあります。それまで元気だった子供が、短期間の間に廃人になってしまうのですから悲惨です。

  麻しんにかからないように

 麻しんはこんなに怖い病気ですが、かからないで済む方法があります。それがワクチンです。でもー・・・「自然麻しんに普通にかかったら、免疫もちゃんと付いて2度とかからないんじゃないの」と言われる人がいるかもしれません。そうです。ワクチンよりは強い免疫が付くことは事実だと思います。しかし、自然麻しんにかかったときに起こる合併症はどうしましょう。脳炎も肺炎も、SSPEも自然麻しんにかかった後に出てくるのですよ。自然麻しん後の脳炎は、1000人に1人の割合で起こりますが、ワクチン接種による脳炎は、100万人に一人の割合です。つまり、自然麻しんでは、ワクチンに比較して1000倍も脳炎を起こしやすいのです。「普通に麻しんにかかる」と言うことは危険を伴うのです。
 昨年の4月から1才から2才の子どもと、小学校入学前の1年間に2回目の、麻しんと風しんの混じったMRワクチンを接種する事が行われています。日本でもやっと2回接種が行われるようになりました。
でも今、高校生や大学生、若い社会人に麻しんが流行しているは何故なんでしょう。
 1978年、約30年前、日本の麻しん定期接種が始まりました.。まずは多くの子ども達に接種を拡げようということで1才過ぎに1回のみ接種することが行われました。アメリカでは、1971年から、麻しん、風しん、おたふくかぜの混じったMMRというワクチンを開始しています。1989年には、MMRが1回では免疫が低下してくると言うことが分かったので2回接種に変更しています。
 先ほども書きましたが、日本は昨年4月からMRワクチンの2回接種が開始されました。アメリカに遅れること17年です。1回のみだと麻しんも風しんも、10数年で抗体が低下してウィルスが入ると発病してしまうことが分かってきたのです。そうです。今麻しんにかかっている高校生や大学生、社会人は麻しんワクチンを1回しか受けていないので、抗体が下がってきてしまっているのです。
 金沢大学で学生さん達の麻しん抗体を検査したところ、1割の学生さんで、抗体が低下し麻しんが発病してもおかしくないぐらいに低下していました。1割は少ないと思われるかもしれませんが、1000人学生さんがいれば100人はかかってもおかしくないと言うことです。もう数年したら更に多くの人がかかりやすくなっていると言うことです。抗体が少なくなっていて、麻しんにかかった場合にやっかいな事があります。それは、症状が典型的な麻しん症状を現さないと言うことです。発熱も中途半端、発病して3日後くらいに口内の粘膜に出現する白っぽい斑点(コプリック斑)が出ない、皮膚の発疹も中途半端な事などです。症状が典型的でないと診断が遅れます。遅れると隔離も遅れますから、かかる状態にある人に感染させる可能性が増えます。抗体の低下している学生さんはもちろんですが、家族や接触のあったまだワクチンを接種してない乳児です。保育園に実習に行っている保育師さん見習いは、特に注意が必要です。
 2年前の金沢工大では、60名余りの学生さんが麻しんを発病しましたが、学生さん6000人に早急に麻しんワクチンを接種(費用は大学持ち)してそれ以上の患者さんを出さないで済みました。
 現在もこれに似た状況ですが、すでに学校内を飛び出しています。かかりやすい人を減らす事と、患者さんがかかりやすい人に接触する事を防ぐことが感染をくい止める基本です。今できることは出来るだけ多くのワクチン接種と早期の診断・隔離しかありません。小さな子ども達に犠牲者が出ないうちに、流行の終わりが来ることを願いたいです。行政にワクチン接種費用の半分でも出そうという気は無いのでしょうか。今こそ税金を有効に使う時です。


    
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