十兵衛死す

 十兵衛という大層な名前の付いたワンちゃんが、九月二十三日の祭日に亡くなりました。当武藤家に同居して早14年が経っていました。次男坊が飼いたいと言ってもらってきたのが、まだ生まれて間もなくの頃です。コロコロに太ったその容姿は、雑種とは言えとても可愛かったのを覚えています。むとう小児科開院2年目に自宅に泥棒が入ったことがあったのですが、犬の居場所を知っていたのか反対側から侵入されました。この時十兵衛は一声も吠えず、あたかも十兵衛の責任のように、家族から馬鹿呼ばわりされながらも幼犬から成犬へとたくましく成長しました。血気盛んな時期は、いつの間にかつないであった鎖を抜け出して夜遊びにふけっていた頃もあります。こんな時は、「人間といっしょだねー」と言って家族全員がその気持ちを理解してあげました。

 私の父が生きていた頃、父が朝夕の散歩係でした。その父も昨年の2月に他界しました。父とは5年間ほどの付き合いでした。その後、ある時鍵をかけ忘れた裏口を抜け出して十兵衛が行方不明になったことがあります。間もなく近くのコンビニ「サークルK 」から電話があり、お店の前に座っていることを知らせてくれました。十兵衛は、ここにいれば父からお菓子がもらえると思ったのでしょう。お菓子好きの父の散歩コースがばれてしまいましたが、何か切ない思いがしました。

 最近半年程はめっきり体力もなくなり、勇んで出かけた大好きな散歩も、帰り道になるとヨタヨタと引っ張られながらの帰宅でした。耳も遠くなり、眼は白く濁って白内障状態。人間で言えば70才を越える年齢ですから仕方ないのですが、何時でもいるのが当たり前という家族同然の仲でしたから(本人も自分が家族の一員であると思っていたようです)、いなくなってみると何か寂しいものです。息子達は涙ぐんでいましたが、十兵衛が我が家に与えてくれた優しさへの表現だったのでしょう。

   十兵衛よ!子供達へ、そして家族へ優しさをありがとう。

 
    
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