「小児科医」は、子どもだけの医師なの?

 県内はインフルエンザA、Bともに大流行中です。本日(16日)の小児科メーリングリストでの報告数は、3000人を越えました。(何故か新聞では大流行とは報道されていませんが。)今年のインフルエンザは、いつもと違って症状だけでは診断が難しい印象です。熱も高くなく元気もある風邪症状の子どもさんで、検査陽性となることも多いです。A、Bが最初から同時に流行していることもその原因かもしれませんが、ウィルスに何か変化があったのでしょうか。今のところ県内で脳症で死亡したという情報はありませんが、このまま犠牲者もなく終わってもらえたらありがたいです。
 さて今月のマンスリーニュースは、「小児科医は子どもだけの医師なの?」という良く分からない表題でお話したいと思います。

  小児科医とは?

 もちろん子どもさんの病気を診断し、治療する医師に決まっています。それは疑う余地はありません。でも三十年も小児科医としてやってくると、「それだけではないな」という気持ちが沸いてくるのも事実です。
 そう、30年前、大きな夢を描いて小児科の医局に飛び込んだ頃を思い出します。「子どもの病気をたくさん勉強して、子ども達を救うんだ」なんていう「大それた」野望を抱いて頑張っていた頃。(今も頑張ってるけど)小児科医でありながら、我が子の育児は奥様に任せっきり、「これで良いのか」なんて反省する暇もなく突き進んでいたあの頃。大学から公立病院へ転勤し、さらに忙しく診療に追われていたあの頃。子どもの病気ばかりに気を取られていた気がします。
 小児科医10年目に、子どもの慢性病(喘息や腎臓病)を治療する養護学校が併設された病院へ転勤しました。その病院では脳性麻痺の子ども達や、筋肉が次第に動かなくなる筋ジストロフィーという病気を持った長期入院の子ども達と出会いました。また、心の病気を持った子ども達とも出会いました。慢性の病気は、家族にとっては大きな心配事です。病気自体の治療も大事ですが、長く続く病気と家族がどう対応していくかを、お互いに考え指導することもさらに重要です。慢性病の治療は長期戦です。いや「戦い」と思うと疲れてしまいますから、「上手に付き合っていく」と考えた方が良いでしょう。長く続く病気があると、どうしてもそれを中心に家族の生活も回ってしまいます。でも子ども達にとってかけがえのない一日一日を、普通の子ども達と同じように楽しみながら生活できるよう治療することが、医療に求められます。子どもの病気だけに目をとらわれず、家庭や学校を含めた子ども達全般の環境を考えながら治療することが大事なんですね。小児科医には、ファミリードクター(家庭医)の自覚が必要です。とてもやりがいのある仕事です。13才の皆さん、将来小児科医になりましょう。

  最近の外来で

 最近の外来で、特に感じることは、子育てに疲れていたり、子育て心配いっぱいのお母さんが多いことです。積極的なお母さんは、インターネットやお母さんグループから情報を仕入れてうまく役立てておられますが、一人で悩んでいるお母さんも多いように感じます。本当は、お父さんが相談相手になってあげられれば最高ですが、お父さんもこの不景気な中、仕事に追われてそこまで気が回らないのも現実です。逆に慣れないながら、お父さんや、お爺ちゃんやお婆ちゃんが外来に付き添って来られる場合も多くなっています。子どもの問題を良く分かっているお父さんもおられますが、いつから症状が出たのか、子どもに聞いているお父さんもいます。子どもの方がしっかりしているなんて、何て頼りになるんだろうと、ほほえましいですが、お父さん、お母さんのコミュニケーションが逆に心配です。子どもが赤ちゃんの場合はお手上げです。情報が少ないままの診察になります。
 お爺ちゃん、お婆ちゃんの子育て体験情報も大事だと思うのですが、核家族が多い現在、身近での助言も難しくなっています。また、「昔の子育てと違うわ」と聞く耳持たない場合もあるかも知れません。永遠の命題:嫁と姑の関係は複雑です。
 さらに、夫婦共稼ぎが多くなって、乳児期から保育所に長期に預けられる場合も多くなっています。ある保母さんが、「お母さんが迎えに来ても、保母さんを母親と勘違いして、母親の所に行かない」と嘆いておられました。こんな時はお母さんも悲しいですね。子どもにしたら自然にそうなってしまったのですが、親になつかないなんていうのは社会環境としても悲しいです。誰が悪いのでしょうか。たとえ虐待に走ったとしてもお母さんを責められない気がします。
 小児科医としては、子育てのアドバイスは当然ですが、お母さんお父さんが子育てに余裕が持てるよう援助することも大事な仕事になってきました。本当に、病気の子どもを診ているだけで良い時代ではなくなってきています。

  いろいろな子育て支援

 行政もいろいろな子育て支援策を出してきていますが、子どもを預かるだけの子育て支援は、現状の解決にはならないと思います。最近、子育ての終わった主婦ボランティアが預かる試みもされていますが、興味のあるところです。少子化も叫ばれています。犯罪の低年齢化も新聞紙上をにぎわせています。本当の子育て支援とは「親が余裕を持って子育てを楽しいと感じる環境作り」だと思います。その為にはどうしたらよいのでしょうか。
 先ずは、「子どもが未来の日本を担ってゆく」という当たり前な事をもう一度しっかりと頭にたたき込むことです。そして、子どもを育てる責任者が親であることを再確認しましょう。決して保母さんが主役ではありません。母は仕事はパートでも、子育ては主役です。父は子育てパートナーです。乳児から幼児への時期、先ずは親との信頼関係作りに社会(職場)が協力する事が必要です。この信頼を育てることが、普通の大人を作るために欠かせない作業です。また、たとえ父母が子育ての為(病気や保育園、学校行事)に時間を取られたとしても、不安なく仕事が確保される会社環境が、子育て中の親子を愛情をもって見守ることになります。親も子も社会から守られているんだという意識が、次の子どもが欲しいという気持ちの引き金になるのです。良く考えたら当たり前のことなんだよね!

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