「こうのとりのゆりかご」(俗名:赤ちゃんポスト)

 10月も半ば近くになってしまいました。今年の夏は、刺すような暑さに苦しめられました。でももう秋です。朝晩が涼しい毎日です。真夜中に見る空には、私の大好きなオリオン座が輝いています。地球の温暖化とは無縁の天空で、オリオンは何を見、何を考えているのでしょうか。地球に人類がいることなど頭に無いでしょうが、人類はギリシャ時代、いや人類がこの地球に現れた時から、その特有な星の配置にいろいろな思いを込めて眺めていたに違い有りません。未来を担う子ども達にも、そんな思いを伝えてあげないといけませんね。そして夜空の星や青い海原、緑の山々や氷のある台地、花々の生い茂った野原や雪をかぶった山々。地球上の美しい自然も、そのまま子ども達に引き継ぐことが、未来の人々への礼儀に違い有りません。
 さて、今月のマンスリーニュースは「こうのとりのゆりかご」というお話をしたいと思います。

  捨てられる子ども達

 「捨て子」という言葉をご存じですね。生まれたばかりの赤ちゃんあるいは幼児を、いろいろな事情で父や母が捨てることです。「捨て子」は、生きているうちに誰かに拾われれば、時には幸せになることがあるかも知れませんが、拾われるのが遅ければ死んでしまいます。
 「間引き」という言葉もあります。普通は農作物などが、たくさん芽を出した時、元気な芽をさらに大きく育てるために、小さな芽を抜いてしまうことですが、昔(江戸やそれ以前、或いは明治以後も)、子どもがたくさんいるのに、飢饉などで食べ物が無くなると、次に生まれた子を育てることが出来ないということで、生まれてすぐにぬれた紙を赤ちゃんの鼻と口に押し当てて殺しました。親としては、自分達と他の子どもを救うための切羽詰まった行動でした。これが人間の「間引き」です。食べ物が満ちあふれた現代から考えると、ひどいことをすると思われるでしょうが、それが現実でした。

  現代の捨て子そして、「こうのとりのゆりかご」

 現代の日本は、食べ物がなくて子どもが育てられないという状況は少なくなりました。しかし、現代なりの理由で捨て子は続いています。いろいろな理由があるでしょう。
@低年齢女児・女性の知られない出産
A経済的に育てられない親
B育てる気持ちがない出産
C家庭崩壊状態の出産
などですが、その基には性意識の変化や性行為の低年齢化、更には命を軽視する考え方が横たわっていると考えられます。
 このような状況のもと、赤ちゃんの命が軽々しく扱われる事件が日本各地で報道されました。2006年、熊本では三件の赤ちゃん遺棄(捨てる)事件が起こりました。その内、二件では残念ながら亡くなられました。それに衝撃を受けたある産婦人科の医師が、
「こうのとりのゆりかご」という、赤ちゃんを預けられるスペースを自分の病院に作りました。「まず命を救うのが先決」と考えた結果です。

  「こうのとりのゆりかご」

 2008年10月5日の日曜日、県医師会と子育て支援センター共催による講演会がありました。二人の先生のお話がありましたが、最初に金沢大学小児科教授:谷内江先生による「食物アレルギーのお話」、次が「こうのとりのゆりかご」を日本で初めて設置された先生のお話でした。
 2007年五月、熊本市の慈恵病院が、名前を出さずに赤ちゃんを預けられる設備「こうのとりのゆりかご」(マスコミが付けた俗称:赤ちゃんポスト)を全国で初めて設置しました。決断したのは慈恵病院院長の蓮田太二(はすだたいじ)先生です。前のページに書いたように、前年に起きた三件の赤ちゃん遺棄事件に、危機感を感じた先生が、多くの障害を乗り越えて作られました。
 反対派の意見として一番多かったのは、「捨て子を助長するのではないか」というものでした。賛成派は、「救える命は一つでも救いたい」という意見が主なものです。新聞のアンケート調査では、過半数を超える人が賛成だとし、同様の施設をもっと増やすべきだと回答しました。
 「こうのとりのゆりかご」(右の写真)の作られた場所ですが、慈恵病院の表通りから隠れた東側の外壁にひっそりと作られました。横幅60センチ、高さ50センチの小さな扉。扉は24時間いつでも開くことが出来ます。扉を開けてベッドに赤ちゃんを寝かせ、立ち去れば誰にも見られません。ベッドは、いつでも遠赤外線の保温機能が付いていて、赤ちゃんを冷やさない工夫がされています。更に大事な仕掛けとして、お父さんお母さんへのお手紙が置かれていることです。これには、赤ちゃんを引き取りたくなったらいつでも連絡してくださいという主旨の言葉が書かれているそうです。扉が開かれるとセンサーが反応し、病院内の職員に赤ランプやチャイムで知らされます。モニターで、ベッドに赤ちゃんがいるのが確認されると、看護師や医師が直ちにかけつけ、赤ちゃんの健康状態をチェックします。なお、閉じられた扉は、外から開けることが出来ないようになっており、他人に赤ちゃんがさらわれることがないように配慮されています。

  「こうのとりのゆりかご」が目指すもの

 「こうのとりのゆりかご」が目指すものは何でしょうか。もちろん、この「ゆりかご」が一杯になれば良いというものではありません。しかし、命が奪われるよりは、「ゆりかご」に預けてもらった方が良いに決まっています。
 慈恵病院では、妊娠や出産、子育てについてのたくさんの電話相談に、24時間対応しています。相談することで、赤ちゃんを預けないで済めば、いつかは、「ゆりかご」も空になるでしょう。それが最終目標です。
 ところで、世界の「ゆりかご」はどうなっているのでしょう。ドイツ国内には80カ所のゆりかごが設置されています(左表)。日本では、慈恵病院だけですが、それで足りているのでしょうか。1年間で預けられた赤ちゃんは17名ですが、判明した出身地には、関東や中部も含まれています。
 闇に葬られている赤ちゃんを、出来るだけ減らす行動が、弱者である母子を救うことであり、社会に命を大事にするというメッセージを伝えることでもあると思います。


   
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