乳幼児突然死症候群について

 厚生省は、六月二日の朝刊各紙に「乳幼児突然死症候群」の危険因子として、うつぶせ寝と両親喫煙を発表しました。また、統計的に見ると母乳保育の子供では突然死が少ないことも併せて述べられていました。

 当院の平成六年二月号(第28号)のマンスリーニュースで、すでにあおむけ寝が突然死を減らすことを、発信しています。これは、確かイギリスでの発表を直ぐに載せたものと記憶しています。日本は国内独自の統計から、この結論に達したのでしょうが、世界の情報にもっと敏感に対応することも必要な気がします。人の命に関わる事なのですから。

 乳幼児突然死症候群とは?

 元気に生まれ育っていた赤ちゃんが生後二ヶ月から四ヶ月をピークとして、ある日突然原因もなく命を奪われるという悲惨な病気です。日本では、平成七年度の厚生省統計で579名の赤ちゃんが亡くなっています。小児科の英語の教科書には、5ページにもわたって詳細に記載されていますが、欧米では乳幼児死亡率の第一位を占めているからでしょう。日本では、第二位に甘んじていますが、一位に迫る勢いです。突然死症候群の確かな診断は、死後解剖して明らかな原因が見つからない時につけられます。しかし、日本では死後の解剖が一般的ではないので、診断が難しい場合もあるでしょう。

 突然死症候群の危険因子

 原因が分からない病気ですが、これまでの研究から、いろいろな危険因子が指摘されています。危険因子とは、その状態にある赤ちゃんが起こしやすかったということを、死後の統計から判断するわけです。ですから、死亡した赤ちゃんがすべてうつぶせ寝だったわけではありません。健康な赤ちゃんに比較して、うつぶせ寝がやや多かったということです。先ほどお話した教科書には、母親の状態、赤ちゃんの状態など30以上の危険因子が並んでいます。子宮内の低酸素状態や子宮内発育不全。母親の喫煙、貧血、薬物(麻薬)依存そして栄養不良など。生まれてきた赤ちゃんの状態として発育不良や未熟児、また男児、哺乳壜保育。周りの環境としては温度変化(暖めすぎ)、セントラルヒーティングでない部屋、添い寝、喫煙の煙吸入、柔らかすぎる布団、おしゃぶり無し、産着、うつぶせ寝など。他にも地理的な因子や季節や気温、人種によっても割合が違うのです。何と多くの危険因子があるのでしょうか。

 最近、妊娠中にコーヒー、その他カフェインを含む飲料を多量に(一日カップ四杯以上のコーヒー)飲んだお母さんから生まれた子供や、掛け布団を使っている子供は、突然死のリスクが高いかもしれないと外国雑誌に発表されました。危険因子が多すぎて、本当に困ってしまいますが、うつぶせ寝、暖めすぎ、タバコ、哺乳壜保育が有力な因子と言われています。

 突然死症候群の本当の原因は?

 気になるのは突然死の本当の原因です。それが分からないと子育て中の親御さんは、夜もグッスリ眠れません。もともと突然死の起こりやすい生後六ヶ月までは、赤ちゃんの睡眠も不安定でお母さんもうつらうつらの状態が普通です。グッスリ寝ているお母さんがいたら反省してください。

 さて、いろいろな面から赤ちゃんの生物としての危険因子が追求されています。人間にとって一番生命に基本的な条件である呼吸、心臓(循環)、睡眠そして体温。これらは、体の中でお互いに連携をとりながらバランスをとって維持されています。赤ちゃんは生まれたばかりですから、当然これらの働きが未熟であることは仕方ありません。たまたま、二千人に一人の割合で、睡眠中にこれらのバランスが崩れ、呼吸状態が悪くなって、心臓の動きも途切れがちになり突然死が起こると考えられています。うつぶせ寝や喫煙は、赤ちゃんの未熟な生命のバランスを崩す一つの引き金になっている可能性があるのです。

 身近に経験した突然死

 私も開業二、三年目に、生後2ヶ月の赤ちゃんの突然死を経験しました。その前日に風邪気味とのことで当院を受診されたお子さんでした。小児科医として今年で26年、この時ほど驚いた事はありません。自分の責任かもしれないと、人知れず悩みました。その後、このご夫婦は離婚されました。誰も悪くはないのに、二人のお姉ちゃんを残してお母さんは家を出ました。元気だった子供の突然の死。親にとって、これ程衝撃的なことはありませんが、残されたお姉ちゃんの成長を見るたびに、世界中で起こっている悲劇が早急に解決されることを願わずにはいられません。

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